もうひとつの性

2nd gender

「うちの兄弟/姉妹は、性格が真逆なんです・・・」
「上の子は物静かなのに、下の子はおてんばで・・・」
「あの上司とは、どうも相性が合わない・・・」
といった話を耳にしたごとがある方は少なくないと思います。

 世の中にはいろいろな性格を持った人がいることは誰もが分かっていることと思いますが、このサイトでは、男女の性別と同じように「生まれ持った『もうひとつの性』があるということ」を記してまいります。

 生まれ持った「もうひとつの性」は、LGBTなど男女を起点とした性別ではなく、全く別の性質を大きく2つに分ける性区分です。
 男女の性においては概ねの場合、身体的な特徴によって同性と共感し、異性に魅かれ、伴侶となります。
 
これから紹介する「もうひとつの性」もまた、同性と共感し、異性に魅かれ、伴侶となります。

 私の家では祖父の影響で、私が物心ついた頃から「あなたは”こっち”の性質だから、こうしした方が良い」「彼は”あっち”の性質だから、ああした方が良い」「彼女も”あっち”の性質だから・・・」というふうに、男女の性とは全く別の軸を起点に人の性を見ていました。
 既に50年以上、私は幼稚園や小学校で出会った同級生をはじめ、社会で交流のあったすべての方を男女の性だけでなく「もうひとつの性」を見て区別してきました。
 
幼い頃から当たり前に話していたこの性の見方も、祖父母も亡くなり、親戚が集まることも少なくなった今は、触れる機会も皆無となっています。
 
祖父は元々、社会の基本は夫婦であり、家族がうまく機能するためには、この「もうひとつの性」を互いに知ることが必要、ということを信念としていて、私たち親族に伝授していたようです。祖父がどこでその教えを授かったのか分からないままですが、私もそれなりの歳を重ねる中で、伝える価値があるものと考えるようになりました。

 このサイトは、「もうひとつの性」があること、その性を知ることによって人の多様性を理解し、受け入れることができ、交際しやすくなること、また、自分の「もうひとつの性」を知ることで自己肯定感を保つことができること、等々を我が子が社会に出る前に整理して、きちんと伝えたいと思い、記し始めたものです。

 「もうひとつの性」は、男女の性と同じく先天的なものであって、コミュニケーションスタイルや性格分析によって後天的に変えられるものではありません。
 
とはいえ、誰も科学的に検証したことはないと思うので、脳の構造などを黒川伊保子さんや中野信子さんに調べてみていただきたいものです。私の50年以上の経験に基づく仮説を。

 では、「もうひとつの性」を見ていきましょう。

視点1:男女の性と同じく2つに分けられること
視点2:同性と共感し、異性に魅かれること、伴侶となるのは異性
視点3:伴侶となるのは異性、ただしLGBTのような例もある
ことを踏まえて。

美術のお話

この絵と、あの絵とどっちが好き?
絵画など知らない小学生の時に祖父に聞かれました。
示されたのは、ビュフェルノワール

ビュフェが好きなのは、“こっち”の人。
ルノワールが好きなのは、“あっち”の人。

 ピカソシャガール・・・ 父親が美術が好きだったこともあって、その後もこの絵とあの絵、あの絵とこの絵、と色々絵画が出てきましたが、どれも納得。
「性(生まれながらの性質)が活きている」ということらしい。
活きていないと芸術家にはなれない、芸術とも言えない、とも。

 美術書を集めるなどしていた父に、フェルメールの展覧会で買った画集を渡したことがありましたが、“あっち”の父は「“こっち”の人が好きなやつやな」ってな感じで、全く興味を示さなかったことを思い出します。  

 人の好みは、奇麗だから、構図が良いから、人気があるから・・・、というようなことだけではないのです。

漫才コンビのお話

30年以上も前になる漫才ブームの頃に、「うなずきトリオ」というユニットが結成されていました。
当時大人気の漫才コンビの「じゃない方(ほう)」・・・

ツービートのビートきよし、B&B の島田洋八、紳助・竜介の松本竜介という、各コンビのツッコミ3人。

コンビを組むまでは、おそらくは人気者で、どちらかというと「しゃべり」の部類にいたと思います。
昨今人気の漫才コンビも同様ですが、“こっち”の人は、ボケ切らない、なぜか相方よりもボケ切れない。女性は”こっち”の人がボケ続けて転換しきれていないコンビをよく見かけます。

一方、“あっち”の人たちは、手が付けられないほどボケ続ける、続けられる=極める人たちなので、かなわない。
ただ、ツッコミがあってこそウケル。コンビには両方必要なのです。

男女と同じ、異性が一緒になって一人前。

ちなみに、「新婚さんいらっしゃい!」という番組で、おしゃべりしているのは概ね“あっち”の人。ちょっぴり毒気があって「えっ、そんなところまで言う?!」ってところがウケるようです。

MCのお話

“こっち”の人で性質が活きているなぁと羨ましく思うのは、明石家さんまさんと浜田雅功さん。
番組を仕切るリーダー、まさにMC(Master of Ceremony)で、
他にも、田中裕二さん(爆笑問題)、上田晋也さん(クリームシチュー)など、すべて“こっち”の人たち。
一方、相方はすべて“あっち”の性質が活きている人たちで、決してメインMCには適していない。
たまに人選を間違えて(“あっち”の人がMCを務めていて)、どうにも収まらなくなっている番組を見ますが、しっかり番組は、きちんとサブMCを置いています。

ちなみに、ネタは悪くないのに今ひとつ・・・と感じるコンビは、それぞれの役割を違えています。女性のユニットに有りがち?!
誰かの一言で大ブレイクしたユニットもあると聞きます。

組織のリーダーにも通じる部分があるかと思います。
一様の採用基準や評価基準しかない組織は、ブレイクすることを放棄しているようなものです。

親子のお話

 異性に魅かれて伴侶となる・・・

 TOPに記したとおり、男性・女性という性とともに「もうひとつの性」についても異性に魅かれて伴侶となります。(一般的には)
自分が“こっち”の人であれば、伴侶は“あっち”の人。自分が“あっち”のひとであれば、伴侶は“こっち”の人です。

 異性の人が夫婦となり、子供ができると、長女であれば父親と同性に、長男であれば母親と同性になります。
 つまり、父親と長男は異性、母親と長女は異性です。
 また、次男は概ね父親と同性、次女は概ね母親と同性です。三男は母親と長男と、三女は父親と長女と同性・・・という構成が一般的です。(再婚の場合や、ここでいう”同性”の人が結婚した場合などはこの限りではありませんので「一般的に」としておきます。)

 生物学的にも科学的にも根拠はありませんが、この区別を知っておくことが自己肯定感を生みやすい、高めやすいこと、一方、この区別を用いずに男性女性だけの性区分で子供と接することは、自己否定感につながる可能性が高くなることは確かです。
 男の子だから「外に出て、ワイルドに」とか、女の子だから「おうちの中で、しとやかに」などと、決めつけられたら本来の性質を活かせなくなる可能性も出てきます。

 「もうひとつの性」を知ると嫁姑問題の見方も変わってきます。
 長男の嫁は、母親(姑)とは、同じ女性でも異性ですから・・・
 続きは、嫁姑のお話で。

つづく